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  • 2014.03.25 Tuesday
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書評・香山リカ「しがみつかない生き方」 〜新自由主義が壊した「ふつう」のあとに〜

また、幻冬舎。


日経新聞の広告で見た本書の最終章のタイトル、
「<勝間和代>を目指さない」が、刺激的で翌日には本屋で購った。
ちなみに勝間和代著の「起きていることはすべて正しい」は
購入はしたものの、まだ未読だ。
勝間和代に限らず、自己啓発書を読み切るのはそれなりの
テンションとモチベーションが必要だし、
その本に書かれている「成功法則」を実行するのはさらに困難だ。
しかも、いったいどれだけの人が、それによって実際に
幸福や成功を手にすることができるのだろう。
一時期、その手の本を買っては読みを繰り返していた時期がある。
「七つの習慣」、「3週間あれば一生が変わる」、「成長の法則」・・・・。
どうにもならない自己の問題のブレイクスルーを、その手の本に求めていた。
具体的な解決策を、ヒントを切実に探していた。
多分今後も、ある程度は買うのだろう。
しかし、どうにも感じざるを得ない違和感を持ってしまう本も多かった。
現実から遊離した高みからの説教、正体不明の精神世界的な切り口、
過剰に攻撃的な姿勢。
正直、床に積まれたその手の本を見るたびに、
「読まなくてはいけない」という強迫観念と、億劫さに辟易する。

香山リカ・「しがみつかない生き方」の帯には
「『ふつうの幸せ』が最大の幸福 成功願望を手放し、
ムダを楽しんだら、必ずもっと満たされる」とあった。
”成功願望”を放棄するという考え方は、新鮮に響く。
まるでどこかのスピリチュアルカウンセラから
発せられる無責任なフレーズみたいだが、
本書の内容は、この時代の残忍で功利的な一面に直面し、
苦しむ人々の心理を的確に捉えている。
「この時代」とは、あくなき競争、
勝者と敗者が努力とは無関係に選別され、固定化され、
”改革”に疑問を抱けば、”抵抗勢力”と名指しで罵倒され、
経済的効率性を神と崇める、新自由主義だ。
本書では新自由主義が生み出した社会的病理について、
繰り返し言及されている。


 市場原理主義の経済思想に基づく、小さな政府推進、
 均衡財政・福祉・および公共サービスの縮小、
 公営事業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、
 労働者保護廃止などをパッケージとした経済政策の体系。
 競争志向の合理的経済人の人間像、
 これらを正統化するための市場原理主義からなる、
 資本主義経済体制をいう。
 (中略)
 日本では、小泉政権の新自由主義的政策でもある
 労働者派遣法の規制緩和により、
 企業側は派遣社員を急増させたこともあり、
 国税庁の民間給与実態統計調査によれば、
 1997年の労働者の平均給与は467万3000円、
 年収200万円以下の労働者は814万1000人、
 労働者全体の17.9%であったが、
 2007年には平均給与は437万2000円に減少、
 年収200万円以下の労働者は1032万3000人、
 労働者全体の22.8%へと増加した。
 2008 年には世界金融危機の影響もあり、
 小泉内閣以降急速に増加した大量の派遣社員や非正規社員が解雇され、
 給与だけでなく住居も奪われる(寮から追い出されるため)という
 事態に発展した。
 解雇された派遣社員の一部には、生活苦が原因で
 強盗や殺人に走るものや、
 社会全体を恨み、路上で刃物を振り回すものや、
 収入が途絶え、餓死してしまうものが現れるなど、
 企業の雇用抑制によるいわゆる派遣切りが話題ともなった。


 新自由主義(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%BB%E7%BE%A9)より
 
 
2001年から2006年まで首相を務めた小泉純一郎の時代。
僕は転職活動をしていた。
不況は、すぐそばの肌で感じられるリアルな問題だった。
アメリカでは旅客機がニューヨーク世界貿易センタービルに突っ込み、
大阪では刃物を持った男が多くの児童を殺害した。
新世紀は、決して明るいものではなく、むしろ殺伐としていた。
そんな中、小泉は「私の政策を批判する者はすべて抵抗勢力」と
熱弁を振るい、圧倒的な支持の中で首相の座に座った。
その後は、「勝ち負け」という単純な二元論で、人が分類され、
そこから振るい落とされないように命がけで努力しなければいけない
格差社会が口をあけて迎えていた。
社会も他人も決してあてにならない、「自己責任」という魔法の杖が
どこまでもどこまでも精神を追い詰め、レールを外れたら
再起がどこまでも困難な、荒涼とした世界。


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香山リカは序章で新自由主義が生んだ現状をこう記す。


 公的サービスに頼らなくても、どうにもならなくなった人を
 どうにかするという緩やかな助け合いのシステムが、
 かつての社会には存在していた。
 ところが先ほど紹介した男性のように、
 (3amop注:激務で体調を崩し退職に追い込まれ生活保護も受けられない男性)
 いまは週に五日以上、フルタイムで働き続けることができなくなれば、
 あっという間にホームレス、ネットカフェ難民、
 さらには孤独死までが近づいてくるのだ。


この見解は同時代を生きる者として、非常にリアルだ。
今、ある程度の社会的階層にいる団塊世代とは、
恐らく絶対に分かち得ない危機感だと思う。


 高望みはしない。ごくごくあたりまえの幸せがほしいだけ。
 戦時下でもないのに、そんな望みもかなえられない社会が、
 有史以来、ほかにあったであろうか。
 (序章より)


ふと想起したのが、一部では有名なあのフレーズだ。
「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」。
(http://t-job.vis.ne.jp/base/maruyama.html)


 そして何よりもキツイのは、そうした私たちの苦境を、
 世間がまったく理解してくれないことだ。
 「仕事が大変だ」という愚痴にはあっさりと首を縦に振る世間が、
 「マトモな仕事につけなくて大変だ」という愚痴には
 「それは努力が足りないからだ」と嘲笑を浴びせる。
 何をしていいか分からないのに、
 何かをしなければならないというプレッシャーばかり与えられるが、
 もがいたからといって事態が好転する可能性は低い。
 そんな状況で希望を持って生きられる人間などいない。
 バブル崩壊以降に社会に出ざるを得なかった
 私たち世代(以下、ポストバブル世代)の多くは、
 これからも屈辱を味わいながら生きていくことになるだろう。
 一方、経済成長著しい時代に生きた世代(以下、経済成長世代)の多くは、
 我々にバブルの後始末を押しつけ、
 これからもぬくぬくと生きていくのだろう。
 なるほど、これが「平和な社会」か、と
 嫌みのひとつも言いたくなってくる。
 (中略)
 我々が低賃金労働者として社会に放り出されてから、
 もう10年以上たった。
 それなのに社会は我々に何も救いの手を差し出さないどころか、
 GDPを押し下げるだの、やる気がないだのと、罵倒を続けている。
 平和が続けばこのような不平等が一生続くのだ。
 そうした閉塞状態を打破し、
 流動性を生み出してくれるかもしれない何か――。
 その可能性のひとつが、戦争である。
 識者たちは若者の右傾化を、「大いなるものと結びつきたい欲求」であり、
 現実逃避の表れであると結論づける。しかし、私たちが欲しているのは、
 そのような非現実的なものではない。
 私のような経済弱者は、窮状から脱し、社会的な地位を得て、
 家族を養い、一人前の人間としての尊厳を
 得られる可能性のある社会を求めているのだ。
 それはとても現実的な、そして人間として当然の欲求だろう。
 そのために、戦争という手段を
 用いなければならないのは、非常に残念なことではあるが、
 そうした手段を望まなければならないほどに、
 社会の格差は大きく、かつ揺るぎないものになっているのだ。
 戦争は悲惨だ。
 しかし、その悲惨さは「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであって、
 「何も持っていない」私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、
 むしろチャンスとなる。
 
 
社会的弱者が、その元凶ともいうべき政策を押し付けた国を
非難する一方で、右傾化する、一方、その社会的弱者に具体的に
手を差し伸べるのは、彼らが忌み嫌う「左翼」という二つの矛盾には
まだ自分の中で論理的整理がされていないため、ここでは触れない。
では、ともかく戦争を欲するまでに追い詰められないためには
どうすればいいのか。
勿論、この「苦境」、「窮状」を生む社会全体を、
具体的に変革する術には、香山リカは言及していない。
あくまで、個々人の生きる姿勢、価値観の変換を説くだけだ。
各章でそれは、実例をもとに主張されている。
 
 
/序章 ほしいのは「ふつうの幸せ」
/第1章 恋愛にすべてを捧げない
/第2章 自慢・自己PRをしない
/第3章 すぐに白黒つけない
/第4章 老・病・死で落ち込まない
/第5章 すぐに水に流さない
/第6章 仕事に夢をもとめない
/第7章 子どもにしがみつかない
/第8章 お金にしがみつかない
/第9章 生まれた意味を問わない
/第10章 “勝間和代”を目指さない

 
 
以下、印象深い章を取り上げる。
例えば「第3章 すぐに白黒つけない」ではこう説く。
 
 
 「愛より早く」どころか「考えるより早く」、優劣や勝ち負け、
 危険とそうでないものを決めることでしか、
 自分を守り安心させることができない、というゲームを繰り返すと、
 その先には何があるのか。おそらくある人は、
 ゲームに疲弊し、その時点で倒れてうつ病などの
 心の病に陥るだろう。また、ついに自分が「負け」という
 シールを貼られる日がやってきて、生きる希望を
 根こそぎ奪われてしまうこともあると思う。
 さらにその時点で自暴自棄となり、「どうせダメなら」と
 他者を巻き添えにした反社会的な行動走る人が出てきても不思議はない。
 
 (中略)
 
 「まあいまのところはそう思っているのだけど、もうちょっと様子を
 見てみないと何とも言えないね」といったあいまいさを認めるゆとりが、
 社会にも人々にも必要なのではないか。
 そしてこの「あいまいなまま様子を見る」という姿勢はまた、
 自分と違う考え方、生き方をしている人を排除せずに
 受け入れるゆとりにも、どこかでつながるものだと思われる。


勝ちか負けかの、サイコロ博打のような二元論的で単純な価値観では
勝ち続けることなど到底不可能であり、確かに「あいまいさ」は
人を疲弊させるその価値観に対して、貴重な発想だと思う。
ただ、格差の固定化が叫ばれ、「負け組」と呼ばれる階層が
「閉塞状態を打破し、流動性を生み出してくれる」機会を得ずに
そのまま、不遇な立場を甘受しなければいけない時、
それでもなお、「あいまいさを認めるゆとり」を持ち続けることが
できるのかは疑問が残る。

「第6章 仕事に夢をもとめない」では、ある時代を生きた者にとっては
ある意味で斬新な考え方が示される。
 
 
 もちろん、自分は仕事を通じて自己実現できている、と思っている人は
 あえてそれを否定する必要はない。「私は恵まれている」と思って、
 ますます仕事に打ち込めばいいだろう。
 ただ、「好きなことを仕事にしていない」「仕事で夢を追いかけていない」
 という人も、自己嫌悪に陥ったりその仕事をやめたりする必要はないのだ。
 「私は何のために働いているのか」と深く意味をつきつめないほうがよい。
 どうしても意味がほしければ、
 「生きるため、パンのために働いている」というのでも
 十分なのではないか。
 
 
本著では哲学者・池田晶子の「14歳からの哲学」を引用しているが、
彼女の他の著書である、「勝っても負けても 41歳からの哲学」で、
このようなことも書いている。
 
 
 やりたいことがわかるということの覚悟のわからない者に、
 やりたいことがわからないのは当然である。裏から言えば、
 べつにやりたいことがわかる必要なんかない。
 普通の人生、与えられた仕事をこなし、周囲と相和し、淡々と平穏に
 生きていく人生。素晴らしいではないか。誰にもできることではない。
 
 (「やりたいことがわからない?」より)
 
 
仕事を自己実現の手段として捉えること、
「好きな仕事がみつからない」という内面的漂流は
ものすごく人を消耗させる。
充足させることはとても難しい。
しかし、その呪縛から自らを解放することもまた、難しい。
個人的には、当面の大きな課題になると思う。

そして最終章・「“勝間和代”を目指さない」では、
さらに根本的な問いが投げかけられる。

「頑張れば夢はかなうのか?」
 
 
 努力したくても、そもそもそうできない状況の人がいる。
 あるいは、努力をしても、すべての人が思った通りの結果に
 たどり着くわけではない。これはとても素朴でシンプルな
 事実であるはずだが、まわりを見わたしてみるととくに最近、
 そのこと気にかける人がどんどん減っているように思える。
 
 
そして、
 
 
 人生には最高もなければ、どうしようもない最悪もなく、
 ただ”そこそこで、いろいろな人生”があるだけではないのか。
 
 
としめくくられる。

「中庸」という言葉がある。
”偏(かたよ)らない心、とらわれない心、こだわらない心”
という意味だそうだ。
心身を文字通り削るような、新自由主義の呪縛と競争の中で
どれだけ、”そこそこ”を善しとし、「ふつう」を手に入れるか。
格差社会で、無慈悲に、悪しざまに「負け組」と冷罵される
恐怖と戦いながら、どこまでフラットでいられるか。
興味深い示唆に富んだ一冊ではあった。







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  • 2014.03.25 Tuesday
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  • 00:54
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コメント
勝間和代著の「起きていることはすべて正しい」
私も結構前に買いましたが、同じく読んでませんw

香山リカのその本、読んでみたくなりました。
明日あたりに買いますー。

好きなことを仕事にしなくちゃいけないとか
何かやってやらないといけないとか
何者かにならないといけないとか
そういうことに囚われて
ずいぶん苦しかったように思います。
そういう刷り込み?勝手な思い込み?
なぜでしょうね。
普通でいいのに普通ではだめだ!と
思い込んでいた。

周りと調和して
生活できるぐらいのお金を稼いで
家に帰ってご飯を食べて寝る
極端に言えばそれだけでいいのに
何をそんなに思いつめていたのか。
それに気づくのに
たくさんの時間を使いました。

孤独死はもう誰にでもおこりうることで
考えすぎる私は今から心配していますw
さすがにそれだけはいやだなあと。
へんくつな人を見ると孤独死しそうだな
なんてふと思うことまであります。
孤独死はこれからどんどん増えるでしょう。
女性も増えるでしょうね。
私たちの世代は子供を持たない人が
これからもたくさんでるでしょうから。

この時期だけ熱弁をふるう輩に
しらける毎日です。
ネコハラさん
お返事遅くなりました。

>好きなことを仕事にしなくちゃいけないとか
>何かやってやらないといけないとか
>何者かにならないといけないとか
>そういうことに囚われて

僕はいまだにどこか
そのような呪縛に囚われています。
きつい。つらい。

「それだけでいい」と気がつくのにまだ
時間がかかりそうです。
選挙結果出ましたね。
口当たりのいい政策が破綻する可能性は高いのに
何故に、「変化を望む」のでしょう。
暗鬱とします。
  • 3amop@「呪縛」
  • 2009/09/02 12:31 PM
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