calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< April 2020 >>

categories

archives

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2014.03.25 Tuesday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

いつかあの世で神様をブン殴る日まで。

悩ましいことが多すぎる。


3amop (当ブログ作者)はインチキクリスチャン。
先日、日曜日に教会に行き、
ハードな Theme の数々に直撃を受ける。

[△妊椒蹈ソにこき下ろしてた大先輩が脳溢血で倒れた。
涙を流す家族。
幸い命に別状はなく
既にリハビリに移行しているらしい。
 


△修靴峠性の友人の友人が、自ら雲の上に旅立った。
多くは書かないが、
その「雲の上」の彼女とはまあ似たり寄ったりの、
シチュエーションだ。
涙を流す友人。
(確か)先々週、相談に乗った矢先の暗転。
友人は僕のつたないアドバイスを元に、先週その彼女と会い、
「元気そうで、安心した。」との話を聞き、安心していたのだが。
「礼拝」(カトリックで言うところの"ミサ")の最中に、
携帯のメールに一報が来たらしい。

礼拝後、友人と話す。

「・・・自分を責めちゃ駄目だ。」


重い口を開く僕。
ややもすれば自分も飲み込まれそうな、
その「ハードル」を超えることの誘惑は、
話題にすること自体で、危険な水域になる。
頓服を持って来たのは、何かの予感だったのか。

「雲の上」の彼女に対して、
精一杯のことを僕の友人はしてあげていたに違いない。
彼女に対して、家族が無理解だった状況をいささかでも埋めるために。

「雲の上」の彼女は、そのことに
ほんのわずかでささやかな瞬間でも、癒されたのかもしれない。
そうでも思わないと、やってらんねえよ。実際。

が、しかし。キリスト教では「自裁」を禁じている。
じゃあその彼女は「雲の上」にすら、いねえのかよ。
何が「神」だ?
何が「罪」だ?

「試練。」だと?
少なくてもその瞬間は、
二度とそのフレーズを言うなという、気持ちだった。
ヒト一人の希望も慰めも奪っておいて、
何が宗教だ?
反吐が出る。
このセカイそのものが煉獄なんだよ。糞が。
文句がある奴、出てきやがれ。


「・・今日、本当は(彼女の元へ)行きたいんだけど。。。」

と泣く友人。

「止めておいた方がいいと思う。」

と僕は言う。

どうせ、おざなりの司法解剖とかで切り刻まれた挙句、
家族が遅きに逸した思いを、今更炸裂させる、
その極彩の愁嘆場に、わざわざ出向くこともない。

「ほんと、ロクでもないな・・・。」と呟いて、
僕は帽子を畳に叩きつけて、ゆっくりと立ち上がる。
友人を促して気晴らしでもしてきなよと、偉そうにのたまう。



それが終わると、今度は教会内の「青年」の懇談会。
(そもそも定義が曖昧。結婚すると「壮年会」になるらしいが。。。)
議論が不得手で、フレーズ単位でしか思いのたけを
発することが出来ない K.K (巨漢の神学生。別名・冷蔵庫。)が、
前回の集いで、フルボッコになったらしい。

数年前に、
「形骸化して、目標も求心力もない恒久的組織(旧名・「青年会」)など、
 いらない。」
という極論を吐いた責任と、 K.K の時間差援護射撃のため、出る。
まあ、気を紛らわすためもあったかもしれない。

前回は、「再度、"青年会" をスタートさせるか否か」から
始まる議論のはずが、議論が不得手で、フレーズ単位でしか
思いのたけを発することが出来ない K.K をおいてけぼりにし、
「こんなことを、("青年会" で)やりたい!!」みたいな流れの中で
包囲攻撃されたらしい。
だからあんなにキレてたのか・・。
なので敢えて、

*「再度、"青年会" をスタートさせるか否か?」
*「その意義/目的は?」

の Theme に緩やかに話を持っていく。

(一体何年間、同じテーマでループしてるんだか・・・。)

特に、僕と同年代 & 僕より年下(20代前後半)が、
発言できるように、話を振る。
出る出る。しかもそのニュアンスが良く分かる。
冗談を交えながら。
随分大人になったものだ。。
彼らの漠然とした不平不満や要望は、
大体僕が望み、諦めてたことと「≒」だった。
てか、なんでこの僕が、
後半からファシリテ−ション(司会)してんだ?

議論の合間に、

「"奉仕"が当たり前だと思うな。
 大の大人が無償で、何のアクシデント時の保障もなく、
 身を挺していることの意味に感謝しろ。」

という趣旨のことを
やわらかく静かに、言うと、
ある若手がキレ気味にに、反論する。
 
「クリスチャンが奉仕するのは当たり前っすよ!!」

いや。。悪気がないのは知ってるが、なんかこう、
「社会というなかの宗教団体。宗教団体の中の"奉仕"に、
 社会の一員として関わることとは?」
って観点で見て欲しかったのだが、まあいいや。
あとで、その彼と話してみて
お互い含むところがないことを笑顔で確認取れたし。

議論は進む。時計も進む。
こんなところで何やってるんだろう?
次回の「青年」の懇談会は来月にもあるらしい。

大方の意見は、

*「再度、"青年会" をスタートさせるか否か? → ある。」
*「その意義/目的は? → (「共同体としての場」、「議論の場」など。)」

に収束した感触があるので、
ちゃっちゃと議論をまとめるべく、
黒板に要点を書きながら言葉を繋ぐと、
いままでほぼ沈黙を保っていた某クンが、
いきなり終盤で口を開く。


「こういう議論って、ビジネスじゃないんだから、
 そういう(黒板に要点を書いて)ことでどうこうry」

「もっと、より議論することが大事なんじゃないかと」


(´Д`)・・・・・・・・・え〜〜??


「議論」は今も前回も、いやその前からも数年間もしてるぞ。
かくして顔だけ笑顔の、落とし所を探る香ばしい折衝が幕を開ける。
個人的に彼に含むところはあまりないが、
一体どういう視線で参加しているのやら。
議論に控えめだったのは、前回の反省かもしれないが、
「議論」と結論を出すことを念頭に入れない、
「議論のための議論」は違うし、ましてや「評論」もどきのコメントは
あまり有意義とは思えない。
LOOP LOOP LOOP LOOP LOOP・・・・・・・・・。
(しかしあとで先輩から電話にて、違う視点からの見解を頂く。)

*前述の「ある若手」は、
 「いや〜、××さん(3amop 本名)がいつキレるかとハラハラしましたよ〜。」
 と語った。キレたい時にキレることができるなら、割と人生は楽かもなあ。


有意義極まりない折衝を、何とか終える。
次回はどうなることやら。



た突Г任△ Y.K の母親が急逝して、三回目の記念日がやってくる。
そうか。だから、先日一緒に銭湯に行った時、
珍しく「教会行ってみようかなあ。」言ってたのか。
迂闊だった。

夕方、彼は来た。
白い花束を持って。
納骨堂に入る彼。

「まあ、この辺に居てくれよ。」と
一人、長い長い時間、彼はこもる。
僕は礼拝堂の外で座りながら、彼を待つ。
やっと彼は出てきた。
僕も、「いいかな?」といって、彼と再び中に入る。
静寂。重い静寂。
この時ばかりは、何者かに祈る。

「3年か・・・。色々あったなあ・・・。」
「ホントだよ。」

彼はほろ苦い笑みを浮かべる。




そして抱える数々のプライベートな問題。
溜息は出るが、道筋は未だ見えない。


 ねえ もし神様がいたらさ

 そんな人いません

 人じゃなくて神様

 きっとあたし達のこと
 雲の上から
 観察してるんだ
 くそくらえだわ


青い車 (CUE COMICS)
青い車 (CUE COMICS)
よしもと よしとも



去年の今頃より、負荷は減ってるはずだ。
自分も変わってるはずだ。
随分多くのモノを捨てられ、捨て、
生きながらえてきたはずだ。
変化は恐怖だが、恐怖に耐えようとしているはずだ。
そう信じたい。




スポンサーサイト

  • 2014.03.25 Tuesday
  • -
  • 20:57
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
「いつかあの世で神様をブン殴る日まで」という題が、非常に興味をそそり、読ませていただいたけど、内容は多分に詩的で、私はこういう文章はじっくり時間をかけて読み直さないと分からないほうです。もう少し分析的に、正面きって語ってほしいテーマです。
自らインチキクリスチャンを名乗る時が真にクリスチャンに近くて、神をぶん殴ってやろうと思っている時が、神に一番近づいた時かも……
あの世へ行ったら神をナデナデしてやろうなどと思う時は、信仰も終わりで、神とはお別れの時というのが、信仰の逆説だとも思うのです。
  • 小野しまと
  • 2008/04/06 5:07 AM
小野しまと様
3amopです。
ご無沙汰しております。
コメント拝読いたしました。
遅くなりましたが、以下返信させて頂きます。

>「いつかあの世で神様をブン殴る日まで」という題が、
>非常に興味をそそり、読ませていただいたけど、
>内容は多分に詩的で、私はこういう文章はじっくり時間をかけて
>読み直さないと分からないほうです。もう少し分析的に、
>正面きって語ってほしいテーマです。

正直、かなり困難なテーマです。
まずは、下記に過去の僕の宗教観に関して
触れた記事を抜粋します。



>命が終わるのはこんなにもあっけない。
>あっけない命と、それを司る「カミサマ」とやらの意味を疑う。
http://3amop.jugem.jp/?eid=117


>正直彼と彼の家族が直面する今の状況が、何を意味するのか分からない。
>もしこれがカミサマが与えた試練というなら
>その意味は僕には分からない。
>ただただ、彼と彼の家族がその試練を耐え抜くチカラをください。
>そして一日も早く、彼の健康が回復して
>また僕らといつものような日々を過ごせるように。
http://3amop.jugem.jp/?eid=298


>何故、(友人)にこんなにも苦難を与える?
>意図があってそんなことをするのなら
>「カミサマ」とやらは一体何を考えていやがる?
>「試練」だなんて偽善的なコトバなんて糞くらえだ。
>意図がなくてこんなことになるのなら、何が全能なる神だ。
(略)
>フセインと名乗る中東系の男性が
>会話に参加する。もちろんイスラム教徒だ。
>彼曰く、イスラムでは
>カミサマを感じることができる「しゃりあーて」と呼ばれる人間と
>感じることができない「まりふぁーと」に別れる。
>本当に君が神の存在と意図を知りたいのなら、
>「しゃりあーて」となるしかない。
 
>「まりふぁーと」たる僕や(友人)は、ただ「カミサマ」とやらの
>意思に振り回される訳か。
>納得はする。するけど。
http://3amop.jugem.jp/?eid=306


>「いんちきクリスチャン」と自称しているように
>通読などはしてないし、都合の良いところを拾い読みしているか
>都合の悪いとこを他の書物からの指摘を呼んで
>勝手に納得したりの程度です。
>「通読」するスタミナも気力も相変わらずありません。
>(それが駄目だと言われたら沈黙するしかありませんが)
(略)
生まれ出でてその場で死んでしまう生命
(例:他人のエゴによって内臓を売買されるケースすらある)もこの世に存在するのに
一体神は何の意図があって、その生命を現出させたのか」
(参考)http://kanzokutero.blogspot.com/

>「人々の苦しみを救済するために神がいるなら、この僕と他者の苦しみは何故存在するのか」
>「仮に上記の苦しみが死後救われるとしても、何故、
>『天国に行くのはらくだが針の穴を通るのよりも難しい』のか」
>「アダムとイブの誕生と『人間はサルから進化した』とい科学的事実との整合性は?」
http://3amop.jugem.jp/?eid=764#comments


>これだけ「自己責任」≒「自我」を否応もなく求められ、
>今もさらに強要される時代。
>例えば超・就職氷河期を、僕は誰かの助けなり助言なりなんなり、
>(断じてそれが「カミサマとやら」とは実感できない。)
>それと共に、何とか死なずに生きてきた。
>キリスト教に限らず、宗教とは「全能の」カミサマとやらに
>その程度の差はあれども自我を預けることだと個人的に考える。
(略)
>このセカイの流れの中で、自我を預けると言うのは
>「全能の」カミサマとやらが、生活保障でも
>確約してくれると信じているのだろうか?

http://3amop.jugem.jp/?eid=798#sequel




今でも、上記の基本的な疑問や憤りに似た不満は
やはり自分の中にあり続けています。
しかし、人が八方手を尽くし、考えに考え、
それでも人の及ばざる領域を司る「何か」
(いるのかいないのか?それがキリスト教であるかすら分かりません。)に、
願いを捧げるor祈ることが、宗教/信仰なのか?
そのような思いを抱くようになっています。


>自らインチキクリスチャンを名乗る時が真にクリスチャンに近くて、
>神をぶん殴ってやろうと思っている時が、神に一番近づいた時かも……
>あの世へ行ったら神をナデナデしてやろうなどと思う
  • 3amop To 小野しまと様
  • 2008/04/10 12:05 PM
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック