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  • 2014.03.25 Tuesday
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「亡国のイージス」を観て。「守ル」意味に関する雑感。

またまた今更ながら。


「亡国のイージス」を観た。2005年公開。

亡国のイージス
亡国のイージス

海上自衛隊・航空自衛隊による史上初の全面協力の映画らしい。
 
 〜あらすじの抜粋〜

 東京湾沖で訓練航海中の
 海上自衛隊・最新鋭イージス艦「いそかぜ」が、
 副長の宮津弘隆二等海佐(寺尾聰)や
 某国対日工作員のヨンファ(中井貴一)らによって乗っ取られた。
 その彼らの切り札は、わずか1リットルで
 東京を壊滅させることのできる特殊兵器「GUSOH(グソー)」。
 艦を誰よりも知る先任伍長の仙石恒史(真田広之)は、
 「いそかぜ」を取り戻すべく、たった一人で
 艦において彼らと戦いを挑む。
 艦内に残る謎めいた若者とともに。
 果たして東京と「いそかぜ」の運命は・・・・。
 
 
まず、面倒なテーマを論じる前に。
これは素晴らしいエンターテイメント映画だ。
最後まで観る者を釘付けにする。

沈黙の戦艦
沈黙の戦艦

とプロットは似ているが、個人的には「亡国のイージス」の圧勝。
感情移入の可能度と、観る側に問いかけるテーマの重さが全然違う。
(ニホンジンにとっては)
 
 
以下、面倒な感想。
 
この映画冒頭部分は、ある防衛大生による論文の
ナレーションから始まる。
 
 「イージス。すなわちギリシャ神話の
 無敵の盾の名を持つイージス艦こそ、
 専守防衛の最も具体的な形でさえある。
 しかしあえて言う。国としての有り様を失い
 語るべき未来の形も見えないこの国を守る”盾”に
 なんの意味があるのか。
 現状のままでは、それは守るに値する国家を失った
 まさに亡国のイージスでしかない。
 この国の未来を背負う無垢なる命たちに今、
 我々は何を手渡し、何を託すことができるのだろうか
 この日本という国に。
 彼らの受け継ぐに値する国にするために
 我々は何をなすべきであろうか」
 
(まず、語る前に。)
僕は福井晴敏によって書かれた原作を読んでいない。
念のため。
 
余談・「wikipedia」によると
 「某国対日工作員」は原作では「北朝鮮工作員」だったらしい。
 
別に僕は極右ではない。
ただ自分が偶然にも生まれ育った共同体である「コノクニ」を
見下されたり、愚弄されたらいい気分はしない。
それは自分と仲がいい友人を
馬鹿にされたときの感情に似ている。
しかし残念ながら、
僕は馬鹿にした当人と腕力を競っても惨敗だろう。

しかし、クニ同士ではそうはいかない。
喧嘩して惨敗しましたでは、済まされない。
スポーツなら、ともかく。

クニが「腕力」で負けるということとは、
個人のそれと意味合いが違う。
その結果は、共同体の所属員全ての生命・財産の存亡に及ぶ。
重みが違うはずだ。
多分そのために、
ニッポンには「防衛力」というものが必要なのだろう。
他の国も同様なはずだ。

乏しい歴史観でから言うと
1945年からコノ国は、
恐らく所有して当然であろう、「共同体を守る力」を
自ら敵視し、制限してきた。
日米安保の傘の下、グローバルな意味での冷戦は切り抜けたが
極東アジアでの冷戦構造は、終わらなかった。
それでも「自ら敵視し、制限」することは変わらなかった。
まるでそれが、「自分ハ平和主義者デアル」ことの証明のように。
極東アジア特定国家群に、
ひたすら謝罪していることのアピールによって
ある意味で必要悪である、「共同体を守る力」とその意志を
ひたすら放棄することに終始した。

映画中、副長の宮津弘隆二等海佐らは、
「某国対日工作員」によってそそのかされた
「亡国への危機感」によって反乱を起こす。
フィクションの中ですら、
「亡国への危機感」は共同体に所属する
自己から発したものではなかった。

「某国対日工作員」は、「いそかぜ」を阻止しようとした
護衛艦をミサイルで撃沈したあとに、独白する。
 
「よく見ろ。日本人。これが戦争だ。」
 
60余年、平和を維持できた功績は大きい。
しかしそれは
危機意識を捨てても良いこととは、イコールではない。
そう思う。

宮津弘隆二等海佐は、内閣に言い放つ。
 
 「撃たれる前に撃つ。それが戦いの鉄則です。
 それができない自衛隊に国を守る資格はなく、
 それを認められない日本に国家を名乗る資格はない。」
 
戦いを好む者はいない。
死地に行きたがる者だっているわけがない。
しかし外交の最後の、本当に最後の手段としての
「センソウ」のその存在は無視してはいけないだろう。
多分。
ついこの間だって、国際法的には
コノクニの領土である(と思う)、島付近の海洋調査問題で
北緯38度線下の半島国家との、
物理的衝突寸前まで可能性があり得たのに。

「日韓協議不調 次のシナリオは調査強行?海自出動?」


そして、北緯38度線上の半島国家はこんなことを画策している。

「竹島調査粉砕へ共同措置を 北朝鮮、南北会談で提案」

そして、巨大な大陸国家はニッポンの防衛に
いちいち批判するのに、自らの軍事費は、
公表数字だけでも、毎年毎年「二桁成長」。

「中国の「国防費」は謎だらけ」

残念ながら、未だにコノクニを取り巻く情勢は
安全でもなく、平穏でもない。
コノクニを取り巻く国々は、
「共同体を守る力」とその意志を捨てた途端に
牙を剥くだろう。
残念ながら。

せいぜい僕は、自分の払う税金をアンゼンのために
有効に使ってくれることを願うぐらいしかできない。

「亡国のイージス」を観て
僕はそんな取り止めのないことを考えた。

 「イージス、すなわちギリシャ神話の
 無敵の盾の名を持つイージス艦こそ、
 専守防衛の最も具体的な形でさえある。
 しかしあえて言う。国としての有り様を失い
 語るべき未来の形も見えないこの国を守る”盾”に
 なんの意味があるのか。
 現状のままでは、それは守るに値する国家を失った
 まさに亡国のイージスでしかない。
 この国の未来を背負う無垢なる命たちに今、
 我々は何を手渡し、何を託すことができるのだろうか
 この日本という国に。
 彼らの受け継ぐに値する国にするために
 我々は何をなすべきであろうか」
 
語るべき未来の形が見えなかろうと、
その語るべき何かとやらを、探すための時間を
確保するための「共同体を守る力」は
コノクニでも、必要なはずだ。
 
 
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 真珠に豚、湾岸戦争、
 まだ反省の色褪せた半世紀の終局、猿の惑星
 覚醒された愛国精神の自由、独立と平和に
 争いは必然か?当然だ!
 しかし単に血を流し水に流す為や、
 贅沢な体たらくな人間の為では無く、
 戦争という名の狂騒曲が悪戯に人を殺め、
 ひたすらに人の過ちを否定する太陽の国は
 陽炎の様に消えていくのは当然だろう
 偽の正義の犠牲になった国民や
 大和魂は何の為にあらんや
 子供騙しの古い夢を覚まし、
 異色/移植の才能日本の顔整形外科医、
 切り拓く新しい世界

=======================


Pearl Harbor
〜shing02「Perl Harbor」〜

 



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『亡国のイージス』(ぼうこくのイージス)は講談社から発行されている、福井晴敏によって書かれた小説である。
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  • 2006/10/30 7:49 PM